未来の神戸・三宮を描いた映像 "KOBE203X"に込められた真の意図
2024年4月17日。「KOBE203X|Virtual Production × Volumetric Capture|4K HDR」という謎めいたタイトルの映像がYouTube上で公開された。タイトルを見て、どんな映像だと思うだろう。
「KOBE203X」という言葉を見れば、おそらく、日本に暮らす人であれば、「KOBE、そうか、神戸の203X年、未来を描いた映像なんだな。Virtualなんとか、というのはよくわからないけど、なんかすごい技術の名前なんだろうな。いったいどんな映像なんだろう」。そんなふうに思うだろう。青い花びらが舞い散るキービジュアル画像もインパクトが強い。「いったいどんな未来なの?」、きっと、そう思うことだろう。この「?」を感じてほしかった。
この映像のタイトルやキービジュアル画像には、あえて、「何を伝えたいのか」ということを提示していない。そう、映像を観てくださったかたそれぞれに、自分自身で感じとってほしいと考えたのだ。未来を。
そう、それが、今回の映像づくりのスタートでした。
もうすでに映像をご覧いただいたかたも、そうでないかたもいらっしゃることでしょう。まずはぜひ一度、映像をご覧ください。そして、「KOBE203X」を、感じてください。
映像をご覧になって、なにを感じましたか。
この映像ーーKOBE203Xーーは、「未来の神戸を舞台に展開するショートムービー」です。「未来の神戸はこうなる、というイメージを掴んでもらいたい」。それがもちろん狙いであるわけなのですが、実は、この映像に込められた真の意図、真に感じてほしかったことは、別に存在するのです。
自己紹介が遅くなりました。神戸市側で今回の映像のクリエイティブ・ディレクションを担当させていただいた、神戸市役所・広報戦略部所属、広報クリエイティブ・ユニット・アドバイザーの旦悠輔(だんゆうすけ)と申します。配信開始から10日ほど経過しましたので、未来の神戸を描いた映像「KOBE203X」に込められた真の意図について、触れさせていただきたいと思います。
KOBE203X|解説
この映像は、203X年、未来の神戸・三宮を描く映像であるにもかかわらず、「雨降る現代の神戸・三宮」のシーンからはじまります。
神戸市出身の俳優・森ふた葉さんが演じる「茶色いギター・ケースを背負った人物(主人公)」が、赤い傘をさして街を歩いている。冒頭わずか20秒ばかりのシーンですが、そこには、現代を生きる私たち誰もが胸に抱えているだろう「言いようのない不安」が漂っています。この冒頭20秒間の描写で、「あっ、いまのじぶんの気持ちに近いな」と、ぐっと映像に引き込まれたかたも多いのではないでしょうか。
瞬間、光があふれ、強い風が吹き、主人公は空を舞う。気がつけば、明るく広々とした空間に降り立っていた。未来的な都市空間に、緑の葉を生い茂らせた樹々が、そして、色とりどりの花々が、満ちあふれている。
でも。主人公は、戸惑う。見たこともないようなまちだ。ここは・・・、未来?どうなってるの?ーー周囲を見渡してみる。(風船が飛んでいってしまって)泣いている男の子のもとへ、スムーズに移動できる次世代型モビリティに乗った女性がスーッと近寄り、おもむろに、一本の緑色の棒を差し出す。すると、その先端から、パッと美しい紫陽花(アジサイ)が咲いた。
どういうこと?AR(Augmented Reality:拡張現実)・・・いや、空中ディスプレイ?ホログラム?なんだろう。こんな技術が普及しているんだから、やっぱりここは、未来なんだろう。あれ??駅ビル??JR三ノ宮駅??まだ、工事が始まったばかりじゃなかったっけ??緑に包まれたBE KOBEモニュメント、ひろびろとした駅前広場ーーー、ここは、ひょっとして、未来の三宮なんだろうか。
すると、海外から飛行機で神戸に遊びに来て、街歩きの流れでそのまま山の麓までハイキングに行こうとしているのだろうか、アウトドア・ファッションに身を包んだ二人組の旅行者が、道を教えてもらおうとして、座っている男性に近づいていく。
スマートフォンから大きな地図が空中に映写される。さっきと同じ技術だ。言語の壁も、技術が取り払ってくれているようで、男性は、地図を指差しながら、日本語で道案内をしているようだ。ふんふん、とうなずく、海外からの旅行者とおぼしきふたり。ああ、やっぱり、未来なんだ、ここは。未来の三宮なんだ。
それでもなお、不安な気持ちが完全には消え去らない様子の主人公。しばし歩いていくと、大きな樹の下で、身長を測っている男の子と、それを見守っている母親がいる。木陰で憩う親子の姿に心が温められたのか、ここでようやく、主人公は笑顔を見せる。そして、思い切って、木陰で未来の技術を体験してみるのだ。リラックスして笑みがこぼれる。ひとりでいても。はじめてこのまちに来たじぶんでも。安心できるまちなんだな。そう感じられたのだろうか。
すると、横を、赤ちゃんを連れた夫婦が通り抜けていく。赤ちゃんは泣いてしまっている。あやそうとして、焦ってぬいぐるみを落としてしまう男性。主人公は、歩み出て、ぬいぐるみを拾ってあげる。そう、主人公は、未来で、おそるおそる、歩きはじめたのだ。
夫婦から感謝され、笑顔で交流する主人公。そっと、赤ちゃんのほほに触れる。気がつけば、さっき道案内をしてもらっていた海外からの旅行者たちまで近づいてきて、いっしょに赤ちゃんをあやしている。ーーーそう、このまちでは、人と人が、自然に交差(クロス)するのだ。
少しずつ心が開いてきた主人公は、その先へ歩きはじめる。駅の東側、2027年に完成した32階建てバスターミナルビルの方向へと。その横を、男女が山側へ向かって走り抜けていく。そうだ。このまちは広々としているから、気が向けば走ったっていいのだ。
広場のようなみちには、大きな樹がたくさん植えられている。大きな樹の下で記念写真を撮ろうとしている親子。主人公は、頼まれて、写真を撮ってあげる。この瞬間、主人公は、頼まれる側(頼られる側)にまわったのだ。このまちでは、助けたり、助けられたりしながら、みなが思い思いに生きている。
さらに歩いて行く主人公。豚まんを分けあう夫婦がいる。次世代型モビリティに乗って最新技術でアジサイの花を咲かせていた女性と、最新技術で拡大された地図を見ながら旅行者に道案内をしてあげていた男性ではないか。ふたりはなんと、夫婦だったのか。適度な距離感で、それぞれ居心地よく過ごしているふたり。豚まんを分け合って、仲良さそうだ。こんな未来の三宮なのに、やっぱり豚まんなんだ。思わず笑ってしまう主人公。変わる神戸、そして、いつまでも変わらない神戸がある。
嬉しくなって、どんどん歩いていく主人公。そう。このまちは、「歩きたくなる」まちなのだ。風船を嬉しそうに受け取る女の子たちがいる。路上で演奏するジャズ・バンドがいる。そのまわりで嬉しそうに手拍子を打ちながら音楽にあわせて身体を揺らす人々がいる。老若男女。関係ない。みんな楽しそうだ。音楽は、あらゆる属性の垣根を取り払っていく。ーーーやっぱりいいな、音楽って。
音楽ーーー。わたし、ギターを続けてきたけど、これから、ギター、どうしようかな。ギター、ギター。ギター?ない。ない!背負っていたギターケースがない。
その瞬間、ギターケースを背負った女性が、主人公の横を通り抜けていく。じぶんとよく似ている。しかし随分と大人っぽいオーラを持っている。じぶんのギターケースとよく似た、いや、さっきまで背負っていたじぶんのギターケースにしか見えないギターケースを背負って、どんどん遠くへ行ってしまう。いったいどういうことだろう。そしてわたしは、どうしたらいいんだろう。
ーーー行こう。行こう!主人公は走り出す。でもーーー走っても、走っても、前を行く女性に追いつくことはできない。「どういうことなんですか?」「あなたは誰なんですか?」「あなたは未来のわたし?それともーーー」。聞くことは叶わない。瞬間、強い風が吹き、花びらが舞い、目の前を、次世代型路面電車システム(LRT)が走り抜けていく。
気がつけば、主人公は再び空を飛んでいる。そして、再び、現代の神戸・三宮に戻っている。見慣れた神戸の風景だ。いつの間にか雨は止み、空は晴れている。赤い傘はいったいどこへ消えたのだろう。まあ、いいか。主人公の顔は晴れやかだ。
2024年4月、JR三ノ宮新駅ビルの建設工事が始まった。周辺道路の車線は一部規制され、工事現場周辺はフェンスに囲われ歩行が禁止されているエリアも多い。工事現場では大きなクレーン車が動いている。その横を、シティーループが山側に向かっていく。
変わらない神戸の風景。そして、変わっていく神戸の風景。主人公の心のなかで、現在と未来が混ざりあう。現在から未来へ。歩きだしたくなる。KOBE203X。ロゴが入って、映像は終わる。
余韻と余白があり、続きを感じさせる、予告編のような映像だ。
いよいよこれから、新しい神戸が始まるんだな。
もうすぐ、未来がやってくるんだな。
そんな気持ちにさせてくれる映像だ。
「203X」の「X」は、「2030年代」という時間の幅を表現しつつ、なおかつ、「変数X」のニュアンスも漂わせている。「変数X」に何を代入するかは、神戸に生きるひとりひとりが自分で決めるのだ。
KOBE203X|映像制作の狙い
今回の映像は、およそ8か月間かけて、プロジェクトワークとして制作が進められた。神戸市役所が、神戸市として目指したい「まちのありかた」、神戸市として伝えたい「メッセージ」をディレクションし、その方向性に沿って、神戸市出身の宇城秀紀監督(ソニーPCL所属)をはじめとするプロフェッショナルなクリエイティブチームが、最新の映像技術を駆使して見事な映像を作り上げてくださった。その映像は、公開から1週間経たずに1万回以上再生され、今もなお再生数を伸ばし続けている。
それではなぜ、いま、神戸市役所は、このような、未来の神戸を描いた映像を制作することにしたのでしょう。
いま、神戸の「まち」は、2030年代に向けて、大きく変わろうとしています。建物や道路や公園が、どんどん整備されようとしています。しかし、それで、実際に神戸で生きる「ひと」(の「暮らし」、まちでの「過ごしかた」)にどんな変化が起きるのか。「実感が湧きにくい」と感じている人が多いのではないか。このままでは203X年を待たずして神戸を離れてしまう人も多いのではないか。未来の神戸に期待してこのまちにやってきてくれる人も増えないのではないか。神戸市広報は、そのように課題を捉えました。
そして、考えたのです。
最新の映像技術で未来の神戸の「まち」で生きる「ひと」の姿を描き出し、未来の神戸に対する「実感としての予感(期待感)」を持ってもらおう。
映像を視聴することで、神戸に住んでいる方が「神戸に住み続けたい」と思ってくださったり、まだ神戸を訪れたことのない方が「神戸を訪れてみたい」と思ってくださったなら、神戸というまちが未来に向かって歩き出していくためのエネルギーになるだろう。
そして、映像を観てくださった方々から生まれたさまざまな声に耳を澄まし、市としてコミュニケーションを深めることができるならば、その意味でも意義深い取り組みとなるだろう。
そう考えたのです。
では、どのように、未来の神戸の「まち」で生きる「ひと」の姿を描けばよいのだろう。プロジェクトチームは徹底的に議論しました。
未来の神戸のまちのコンセプトは、「人が主役のまち」というものです。これが、わかるようで、わかりにくい。そこで、「人が主役のまち、って、どんなまち?」を実感することができるような映像を制作することにしたのです。
「まち全体が、まるで広場や公園のような、ゆとりある空間に再整備されることで、わたしたちひとりひとりが、それぞれ、思い思いに、のびのびと、上質な時間を過ごすことができるようになる」「今以上に、人にやさしく、わたしらしく・人間らしい、上質で豊かな時間を過ごせるようになる」。そうした「人が主役のまち」のありようをバーチャルに体感できるような映像を、制作することにしたのです。
人が主役のまち。
家族と過ごしてもいい。
友達や恋人と過ごしてもいい。
もちろん、ひとりでいたって心地よい。
人と人の間には、いつだって、心地よい風が吹いている。
緑やお花があふれていて、みちを歩いているだけで、なんだか心地よい。
しんどかったら、立ち止まって木陰で休んでもいい。
走りたかったら走ってもいい。山の麓へも、港へも、すぐにいけます。
いろんなところでいろんな人がいろんなふうに過ごしているから、
あそこにあんなことしてるひといるな、あのひとにちょっと話してみようかな、とか。
まちのなか、みちのうえで、人と人が交差し、自然と、出会いやドラマが生まれる。
宇城秀紀監督をはじめとするプロフェッショナルなクリエイティブチームは、今回の映像で、そうした「人が主役のまち」のありようを、流れるようなドラマチックな映像で見事に表現してくださいました。
それを「歩きたくなる未来」という簡潔なキャッチコピーに結晶させたのが、神戸市役所のクリエイティブ・ディレクター(コピーライター)、塩見綜一朗です。
KOBE203Xの特設ウェブサイトでは、今回の映像に込められたメッセージを文章で解説しています。日本語と英語のページを設けています。ぜひご覧になってみてください。
KOBE203X|真に届けたかったメッセージ
そして。今回の映像は、ただ単に「未来の神戸のまちはこんなふうになるんだ」ということを実感(予感)していただくことだけを狙ったものではありません。
そこに込められた真のメッセージは、<希望>でした。
今回の映像には、青い花びらが数カ所で印象的に登場します。これは、神戸市の花「紫陽花(アジサイ)」をイメージしたものです。「KOBE203X」の環状のロゴ、「KOBE203X」の特設ウェブサイトの背景の色味も、すべて、「紫陽花(アジサイ)」をイメージして制作されたものです。紫陽花は(土壌の環境によって)色を変えます。いろんな色に変わります。変わるということは、不安でもあり、希望でもあります。どうなるかわからない不安。だけど、変わっていく、ということには、ワクワク、期待、希望もある。
今回、私たちプロジェクトチームが、世界中の方に「未来の神戸の姿」を映像で観ていただき、感じていただきたいな、と考えたのが、<希望>でした。神戸のまちは、阪神淡路大震災から復興し再生した希望のまち。いまこそ、神戸から、未来への希望を届けたい。世界中に。そう考えたのです。
今回の映像の背景音楽には、かねてよりその美しい歌声が広く注目を集めている18歳のシンガー・Hana Hopeさんの楽曲「flowers」の英語バージョンを使用させていただいています。
2020年代も折り返しの時が近づいてきています。不安な時代です。いろいろなことが起きる時代。これからも、何が起きるかわからない。そんな不安。若いかただけじゃない。老若男女、属性を問わず、誰しもが、不安を抱えながら生きている時代。だからこそ。未来への希望を届けたかったのです。
今回の映像ーーKOBE203Xーーにおいては、決して、「未来はこうなるから絶対安心ですよ」、というような「わかりやすい希望」を提示していません。むしろ今回の映像は、観る人に「問いかける」映像になっています。「あなたは、未来の神戸で、どう生きる?」ーーそんなふうに。
でも決して、突き放すわけじゃない。どんな道を選んだって、思い思いに生きていったって、だいじょうぶ。そんなメッセージを込めたのだ。そう、「人が主役のまち」は、ひとを受け止めてくれるのだ。
「未来の神戸は、人が主役のまちになるんだ」
「そういうまちの形って、ありうるんだ!」
「これから先の未来、どんなふうになるかわからないけど、思い思いにじぶんのペースで生きていったらいいんだな」
「気分や体調、経済的状況に応じて、いろんなふうに生きかたを変えていったらいいんだな」
「ひとりじゃないんだな」
「いろんな人と一緒に、みんなで乗り越えていったらいいんだな」
「未来はどうなるかわからないけど、きっと、だいじょうぶ」
「未来は未知なんだけど、未知だからこそ楽しいんだ。楽しんで歩き出してみよう」
そんな<希望>を感じていただけたなら、KOBE203X映像制作プロジェクト一同、とても嬉しく思います。
追伸|203X年って、遠い未来?
今回の映像は、神戸市役所の広報チーム一丸となってクリエイティブ・ディレクションを進めてきたものです。実際に制作にあたってくださった事業者側の関係者の方々(スタッフ・キャスト)は、総勢200名は超えるはずです。そのうちの誰一人欠けても、今回の映像を作り上げることはできなかったでしょう。いい映像は、決して、ひとりで作り上げることはできません。さまざまな専門技能をもった人間が集まって、力をあわせることで、はじめて完成させることができるものです。
そしてきっと、「まちづくり」も同じなのだと思います。行政だけでつくるものでもないし、民間だけでつくれるものでもない。誰かひとりが決めてつくるものではなく、みんなで力をあわせて作っていくものだし、いろんな思いや個性をもった人が集まることで、はじめて「まち」は、生きた「まち」になるのだと思います。203X年、未来の神戸は、人が主役のまち。わたしたちひとりひとり、神戸に生きる人みなが主役のまち。
203X年なんて、ずいぶん先だなあ。
そう思われるかもしれません。
たしかに、「ただ待っているだけだったら」、203X年までの時間は、とても長く感じられることでしょう。
だけれど。
もしも、未来の神戸で、「こんなことがしたい!」「こんなふうに生きたい!」「まだ何がしたいかわからないけど、いつか来るその日のために、あれこれ挑戦・体験しておきたい!」そんなふうに思うならば。
きっと、203X年なんて、あっという間です。
KOBE203X
歩きたくなる未来
今日から、一緒に、未来の神戸に向かって歩き出していきませんか。
今回の映像ーーKOBE203Xーーが本当に伝えたかったことは、そういうことなのです。